がん抑制に重要な役割を果たす転写伸長マークが導入されるメカニズムを解明

―がん発症メカニズム理解への手がかりに―

 横浜市立大学医学部生化学教室の大西修平さんと緒方一博教授、仙石徹准教授らの研究チームは、クライオ電子顕微鏡*1を用いて、転写伸長に関与するヒストン修飾であるヒストンH2Bのユビキチン*2化を導入する酵素(Bre1複合体、別名RNF20-RNF40複合体)がヌクレオソーム*3に結合した状態の立体構造を決定しました。これにより、Bre1複合体がヒストンH2Bを特異的にユビキチン化するメカニズムが明らかになり、またその活性がヌクレオソームDNAの柔軟性で制御されている可能性が示唆されました。本研究は、ヒストンH2Bのユビキチン化レベル低下を伴うがんの発症メカニズムの詳細な理解と新しい診断法や治療法の開発につながる可能性があります。
 本研究成果は、2024年3月22日付で科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。

研究成果のポイント 
・ヒストンH2Bユビキチン化酵素Bre1複合体がヌクレオソームに結合した立体構造を決定
・ヌクレオソーム上のヒストンH2Bを特異的にユビキチン化するメカニズムを解明
・がん抑制因子であるユビキチン化H2Bの低下によるがん発症メカニズム理解への手がかりを提供

研究背景
 真核生物のゲノムDNAとヒストンやその他のタンパク質は結合してクロマチン構造をとり、また様々な位置でアセチル化・メチル化・リン酸化・ユビキチン化などの修飾を受けることで転写・複製・修復などの現象が制御されています。クロマチンの適切な修飾はゲノム機能に必須であり、その破綻は遺伝病やがんなど様々な病気の原因となります[1]。
 クロマチン修飾の中で、ヒストンのリジン残基のユビキチン化は様々な部位で起こり、その部位によって異なる生命現象を引き起こします。例えばヒストンH2Bのリジン120(H2BK120)のユビキチン化は転写伸長やDNA修復を制御するのに対して、ヒストンH2Aのリジン119のユビキチン化は転写抑制を引き起こします。
 ヒトにおいて、H2BK120はBre1AとBre1Bという2種類のタンパク質からなる複合体(Bre1複合体)によってユビキチン化されます。乳がん・大腸がん・肺がんなどで細胞内のユビキチン化H2BK120レベルやBre1Aレベルの低下が観察されることから、ユビキチン化H2BK120はがんを抑制する働きを持っていると考えられています。これまでに、Bre1複合体がどのようにH2BK120だけをユビキチン化するのか、またその活性がどのように制御されているのかは詳しく分かっていませんでした。

研究成果
 研究グループはクライオ電子顕微鏡を用いて、ヒトのBre1複合体がヌクレオソームに結合した状態の構造を解析しました(図1)。得られた構造において、Bre1複合体とヌクレオソームは主に2箇所で相互作用していました。最初の箇所は、ヒストンH2AとH2Bの酸性アミノ酸残基が集中する「酸性パッチ」と呼ばれる領域で、ここにBre1複合体の一つのサブユニットが結合していました。二番目の箇所はヌクレオソーム上のDNAで、ここに別のサブユニットが結合していました。



図1 Bre1複合体がヌクレオソームに結合した構造(2方向で示す)

 この構造と先行研究に基づき、研究グループはユビキチン化反応が起こる状態の仮想モデルを構築しました(図2)。このモデルから、Bre1複合体が酸性パッチとDNAの2箇所に結合することで適切な配向を取り、H2BK120との共有結合形成に適した位置にユビキチンを連れてくることが明らかになりました。

図2 ユビキチン化反応が起こる状態の仮想モデル(反応に必要なE2タンパク質をオレンジ色で、ユビキチンを灰色で示す)。左:全体構造。右:H2BK120のクローズアップ図。ユビキチン化において共有結合が形成されるユビキチンの76番目のグリシンがH2BK120の近くに存在する。

 本構造の特徴は、Bre1複合体がヌクレオソームDNAに直接結合している点です。先行研究では、ヌクレオソームDNAの柔軟性に影響を与えるヒストン修飾(ヒストンH3のチロシン41のリン酸化など)がBre1複合体によるH2BK120のユビキチン化を促進することが明らかにされていました。この知見と、本研究で解明された複合体の構造を統合することにより、ヌクレオソームDNAの柔軟性がBre1複合体の適切な配向を可能にし、H2BK120の効率的なユビキチン化を促進するという制御メカニズムが明らかになりました。

今後の展開
 本研究により、H2BK120のユビキチン化レベルの異常が関係するがんの新しい診断法、検査法、および治療法の開発に寄与することが期待されます。また、H2BK120のユビキチン化がヌクレオソームDNAの柔軟性を変える他の現象(ヒストン修飾や他のクロマチン因子の結合など)と互いに影響を及ぼし合う可能性が示唆されました。さらなる研究の進展により、そのような複雑なゲノム機能制御メカニズムの全体像解明が進むと期待されます。

研究費・技術支援
 本研究はJSPS科研費(20H05394、21H05161)による支援と創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)の技術支援を受けました。

論文情報
タイトル:Structure of the human Bre1 complex bound to the nucleosome
著者:Shuhei Onishi, Kotone Uchiyama, Ko Sato, Chikako Okada, Shunsuke Kobayashi, Keisuke Hamada, Tomohiro Nishizawa, Osamu Nureki, Kazuhiro Ogata, Toru Sengoku
掲載雑誌:Nature Communications
DOI:
https://doi.org/10.1038/s41467-024-46910-8






用語説明
*1 クライオ電子顕微鏡:電子線による試料のダメージを抑えるために撮影を極低温条件下で行う電子顕微鏡。近年の技術革新により、生体高分子の立体構造を高分解能で決定できるようになった。
*2 ユビキチン:76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質で、標的タンパク質に共有結合(ユビキチン化)することにより、標的タンパク質の機能を制御する。複数のユビキチンが付加されるポリユビキチン化はしばしばタンパク質を分解する目印となる一方で、ヒストンタンパク質は主に1分子のみのユビキチンが付加され、分解とは異なる生命現象が引き起こされる。
*3 ヌクレオソーム:DNAが4種類のヒストンタンパク質(H2A、H2B、H3、H4)に巻き付いた構造体で、真核生物のゲノムが折りたたまれる構造単位。

参考
[1] ヒストンメチル化酵素NSD2は発がん性変異により安全装置が外れ、制御不能になる
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2021/202111sengoku_nc.html

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